トランスメディア提供アイコン01 共同注視

前書いたけど、ここには重症児からアスペルガーなどの自閉症の子まで、様々な子供たちがリハビリを受けに来ている。

簡単にリハビリの内容を書くと、

麻痺がある子には、有無をいわせず、関節を数回動かす学生時代に習ったような可動域訓練か自動的な関節運動を行う。

知的障がい児に対しては、鋏、線書き、塗り絵、色のマッチングなど学校に向けての訓練を厳しく指導していく。時々、課題終了ごとに飴を舐めさせるという報酬を行ったりもする。

この、二つのパターンのリハビリは、確かに教科書に書いてあるけど、自分が一番気になっているのは、誉めないということ。

多分、真面目に課題をこなしていくために、意図的に誉めていないのだろう。

それにしても、訓練訓練している。

すべての訓練が終了したら、有無を言わせず廊下に呼び、サヨウナラをする。

はっきり言って、セラピーの内容もだけど、子供への接し方が自分とはまったく違う。

自分は、誉められることを理解することも、セラピーの一つとして考えているため、つい笑顔をだしてしまうが、これが昨日のカウンターパートの不機嫌を助長させた原因かもしれない。

考え方の違いだろう。


昨日、ある男の子と出会った。疾患は不明とのこと。

6歳だけど、歩行にふらつきがある。

知的障がいがあるも、発語はしっかりしていて、セラピーを見学していた自分にたいして「セニョールなにしてんの?」と言ってきた。

セラピーの課題が終了した直後、フラフラながら、その子が走り出した。

止めるためについていくも、止まらない。無理に止めると、叫んで、しゃがみ込む。

なんか、上手く言葉が話せないのは、こういうときにも困る。

仕方ないからついていくと、建物の裏にある公園についた。

帰らなくてもいいや!!と開き直り、

そこで、ブランコやシーソー、滑り台をした。子供らしい笑顔が沢山。

最後に、壊れた遊具の高い所に登って、「怖い」と一言。

「これで、遊具は最後だよ]と告げて

ビューンと抱っこで、おろした。

すると、きちんと次の言語療法に向かった。

スペイン語が出来ないことなどの焦りから、この子の見ている先を共同注視していなかった自分に気づき、少し反省した。


この子には、感覚統合のような遊びの中での学びや支援が、もっと必要だろうと感じた。


それと、自閉症のような子供達の、視線の先をとらえ、今何を考えているか、何に困っているか考察することが、ここの作業療法には、もっと必要だろうとも思う。

共感することが難しい障害をもった子の治療は、こちら側からの共同注視、さらには、共感から成り立つと思う。


でもでもでも、グッとこの気持ちを、今は抑えることにした。


まずは、ここのやり方を受け入れよう。まずは、ここの治療方法に共同注視しよう!!

で昨日、セリフを考えた「重症児は得意なので、自分に見させてください。自閉症の子のセラピーはあなたが上手なので教えてください」。

でも何と、今日、あっちから「重症児は、あなたの方が経験が多いから、セラピーしてほしいと言われた」 とっさに、「自閉症児のセラピーを教えてほしい」と答えました。


で、いきなり今日、初セラピーを実施。

初日に抱っこさせてもらった、あの子です。目が見えなくて、何事にも緊張して反り返り、目的的運動は無く、セラピー中泣き続ける子です。

治療は、自分的には散々。言葉の壁は大きい。あと、母とカウンターパートと他のスタッフが、隣で大盛り上がりで会話してて、気が散りっぱなし。

その子と、共同注視は出来ずじまい。

まぁでも、色々評価は出来た。その子に、対しては課題は山の様にある。

この途上国で、『楽しく長生きしてもらう』という 目標に近ずくために、母とカウンターパート(作業療法士)と、どこまで共同注視できるか・・・・楽しみです。

カウンターパートは、母親と雑談しつつ、自分の行うセラピーを、ちょこちょこチラ見してくれて、「上手だった」と誉めてくれました。

とりあえず、セラピーの内容も予後予測も目標も、口では説明できないので、後日、スペイン語で書いてカウンターパートに見せる事にしました。

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帰り道に見つけた石像。
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by power_of_youth82 | 2011-02-18 12:04

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