トランスメディア提供アイコン01 笑顔 と 真剣な顔

人の笑顔が好きです。   真剣な表情も好きです。

b0208803_12335583.jpg


今 私は作業療法からも国際協力かもら離れメキシコにある日本企業で働いています。

毎日の業務をこなしている間に気がつけば一年以上メキシコで生活しています。

そんなおりパナマで始めたプロジェクトの3周年記念祭に招待してもらい一年8か月ぶりにパナマの地を踏んできました。



無口なパナマの父は「我が息子よ」と抱擁で迎えてくれました。

パナマの母は、いつでも帰ってこれるようにと私が使っていた鍋、箸、水筒などを私が置いていた場所に、そのまま置いていてくれました。

朝目覚めると台所から朝食を準備する音が聞こえてきます。

少し痩せてしまった父と母をみて心配になり、成長したおいっ子をたくましく感じました。

パナマのご飯、汗だくになる気候、鳥の声、激しい雨、朝の涼しさ、水シャワー、くぼんだベッドマット、ボロイバス、全てがシックリくるのです。

パナマは私の第2の故郷になったんだなと心から感じました。



パナマでは2か所で働いていましたが同僚たちが歓迎してくれ、何の違和感もなく溶け込む事が出来ました。

一年8カ月別の場所にいたのが嘘のようで、まるで昨日までもここで働いていて、今日も同じようにここに居る。そんな錯覚さえ感じました。



さて記念祭は大盛況でした。街まで出てこれなかった障がい者やグループを脱退した障がい者家族もそこにいました。成長した障がい児達にも会えました。


後任ボランティアさん達の頑張りでプロジェクトは3周年を迎える事ができたのだと思います。

そのボランティアさん達も今月には帰任します。

この先プロジェクトが続くがどうかはわかりません。

一緒に悪戦苦闘し続けたソーシャルワーカーさんは「どうなるかわからないけど、続けてみる。あの人には、あれをしないと、あの人にはあれが必要でしょ」と色々話してくれました。

障がい者家族も、「時々はめんどくさくなるけど学んだことを続けたい」と言っていしました。


でも、、、、きっとjicaの後押しが無くなればプロジェクトは終わってしまう気がしています。

パナマで働いていいたころ、私は必死でした。日本人がいなくなってもパナマ人だけで一人歩き出来るプロジェクトを作らないとと思っていました。

何らかの結果を残さないと。。。

障がい者の生活の質が向上できる基盤を。

障がい者家族に収入源を。

障がい者をとりまく社会環境に変化を。

いったい、何が残ったでしょう。

こだわり続けた『パナマ人だけでの独り歩き』、それにはつながらなかったかもしれません。目標を追うがばかりに、毎日パナマ人にイライラして、時にはすねたりしました。


でも、後任ボランティアさんが撮影した沢山のプロジェクトの写真をみて思ってたのです。良いプロジェクトに携わったなと。

そこには沢山の笑顔と真剣な表情がありました。

障がい者当事者、その家族、そして同僚たち。みんな笑顔で時を楽しみ、真剣に何かに取り組んでいました。

もう既に亡くなった障がい者の方もいます。人生は一度きり、その人生に一瞬でも笑顔を提供できるプロジェクトであったのなら、存在した意味があります。

同僚たちの真剣に仕事に取り組む表情、その一瞬、一瞬から何を感じ取ってもらえたのなら良い結果です。
パナマ人が働き者ではないのは十二分に承知です。その国、その国には文化があります。働き者になれなんて思いません。ただ真剣に取り組む経験から新たな知を身につけられたのなら、それは変化の一歩です。

そして私は一緒に働いた同僚たちは新たな知を手に入れたことを確信しています。

そして彼らは時おり、その経験を発揮して、障がい者の笑顔をつくっていけるとおもっています。

過去だからと美化はしていません。本当に時おりだと思います。でも、少しずつでいいのです。

それが、あの国の、私の第二の故郷のペースなのですから。

b0208803_12351750.jpg


私が帰任したのち政権が代わり、プロジェクトへの風あたりが厳しくなったと聞きました。

その反面、他の場所の地域に根差したリハビリテーションプロジェクトに力を入れだしているようです。

どんな方法でプロジェクトを進めているのかは気になるところです。

つめの甘いやり方でやっているのだろうな~~なんて思ったりもします。

出来れば私たちのプロジェクトの経験をいかしてほしい。なんて欲も出てきます。

でも、、よしとしようと思います。パイロット的に立ち上げた地域に根差したリハビリテーションの影響をうけて、他の地域でも何かを試みているわけですから。


時間があれば、もっと出来ることがある気がします。でもjicaボランティアは限られた時間の中で活動をします。ゆえにキッカケでしかありません。

キッカケという種を限られた時間のなかで蒔けたのならいいなと思います。



また、何年後かに故郷に戻ろうと思います。

その時は何を感じるでしょうか。


今の私があるのはパナマで出会った人々のおかげです。

その事に感謝して日々を進んで行こうともいます。
[PR]

by power_of_youth82 | 2015-09-15 12:36

<< 挑戦 Gracias-ありがとう. ... >>