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トランスメディア提供アイコン01 年の暮れ

今年ももう最後になりましたね。

もしかしたら、今年最後のブログかもしれないので挨拶を・・

いつも、このブログを見てくださってありがとうございます。

そして時々コメントやメールで感想をくださり、ありがとうございました。

本当に、それらが励みになり支えられた一年でした。

来年もよろしくお願いします。  



さてさて、

クリスマス・新年と続く行事にすっかり仕事モードではないパナマです。


協力隊の多くもこの時期を狙って、任国外旅行やバカンス休暇をとっています。

同期もほとんど、外国旅行に行っちゃったしね・・・。



でも、自分はそんな時こそ仕事をする事に決めていました。

セラピーは少しずつの積み重ねが大切ですからね。

バカンスになると、子どもをあまり連れてこなくなる両親にその事を伝えないとね。

子どもには、その時、その瞬間にしかできない発達があるからね。


そして、この仕事モードではなくななっえしまう時期こそ伸びしろが沢山あるはずですし。

皆と違うことしてみたら、何かに気づけたり活動のヒカリが見いだせるかもしれないですからね。

ということで今の時点で、たいして見いだせていないということですが。。。


「皆が休んでる時こそ、働きなさい」 ←働く日本人の心です。



でも案の状、一日にやってくる患者は3~1人です。

でも学童期前の子を持つ保護者さんが積極的に連れて来てくれている事には感謝感謝です。

1人でもいいのです。リハビリの重要性を子どもと親と分かち合えれば・・・・。

そのために、待ちます。
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で、空いた時間はセッセと玩具作り、それを使ったリハビリ説明書づくりなどをしています。


他の職員が皆で、大笑いしながらおしゃべりしている横で、セッセと働いています。

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ある職員に

「なんであなただけ、そんなに仕事があるの?  おしゃべりしましょうよ」と言われました。

「仕事がなければ、自分で探す。日本の心ですから」

「それに、ここの障がい児支援が発達してほしいしね」と答えました。

すると
「50人の職員が真面目に働かないの、あなた1人だけ一生懸命働いたって何も変らないわよ」と言われてしましした。



多数派のなかで少数派でい続けることが目標だったので、どうやらそれは保てているようです。

それに、少数派でいながら皆と仲良くも出来ています。

そうして繋がりを持っていれば、多少なりとも変わっていくものが出てくるはずです。

たとえ 1/50でもです。


来年はこうして気付いた自分の位置が、色々な活動に繋げていけるように頑張ろうと思います。


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先生達が玩具作り手伝ってくれた時の写真です!!
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by power_of_youth82 | 2011-12-30 00:13

トランスメディア提供アイコン01 日本新聞発行の切っ掛け

職場の廊下で脳についての本を見ていると言語聴覚士の学生が興味あると寄ってきた。

聞けば、「脳にも興味はあるし、だいたいこの国にはセラピスト専門書があまり売られてないから興味深い」という。


そこで、二つの実験をスペイン語で説明してみた。簡単にいうと以下のような実験。

1、一つのケージでは一匹だけマウスをいれ遊具もない環境で育てる。もう一方のケージでは、親と一緒に育て遊具も入れておく。すると、後者のマウス(豊富な環境下で育った)の脳の発達の方が著しかったというもの。


2、生まれたばかりの双生児の猫を2匹、10日間の間、同じ環境下に入れて育てる。もちろん、二匹の見ている景色は常に同じものである。違う所は、一匹は自分の足で動き生活するということ、もう一匹は自分の足は使わず台車の様なものにのせられ、受動的に動かされる生活するということ。
10日後、前者の猫の視覚とそれを司る脳の部位は正常に発達したが、後者は盲目のようになりその後も視覚に障がいを残すことになったというもの。



スッげー主観的な感情であるが、セラピストとしてこの実験を知った時、関わっている発達障がい児の大きな大きな可能性を感じたのと、同時に凄い凄い責任も感じたのを覚えている。
自分的に、ビシバシ刺激を受けた実験だったわけです。




で、それをスペイン語で説明してみた。上手く出来なかったけど、学生達は何となく理解してくれたようだった・・・・・

でもちゃんと説明したくて、今度は単語を調べて同僚の言語聴覚士に説明してみた。



かなり熱をいれて、そして楽しく真剣に説明してみた。

「本当に興味深い実験なんだよ。」

「こう こう こうでね (実験を説明中)」

「これから考えるに、自分達は子ども達の介助の仕方とかもっと考えないといけないよね」

「理解できた??」


すると、言語聴覚士は

「うん、理解できたよ」

「ところで、君の日本の両親は元気???」


自分

「・・・・・・・・・・、あ、あ、あぁぁ、元気だよ・・・・・・・」 


がっつーーーーーーーーーーん

別に自分の気持ちに全部共感しろ、なんて望んでないけど、セラピストなら他に言うことあるやろがい!!
と心で思った。


そして、考えた。

自分のスペイン語のせいもあるがそれだけが問題ではなさそうである。

(もっと知識を吸収したい)もしくは(自分達は多くの知識を持っていないのかも)と気付いてもらわなければ・・・・・。


でも、研修会は予定を立てても、見事にながされてしまうしまつ。


そこでチマチマと日本新聞という名の通信を作製、これを保護者やセラピストに配ることにした。

完成後、皆に見てもらうと明らかに日本文化紹介のコーナーにくぎ付けとなる。予想通りつかみはオッケー!!!

肝心のセラピーコーナーの方は読んではいるものの感想なし・・・・・・。こちらも予想通り。

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いいのだ、それでも、いいのだ。

誰かの記憶に残れば、誰かが資料として保存してくれれば、

障害者支援の視点が、0.1ミリでも進めばそれで十分だ。  


ここに足りない障害者支援の視点を書きまくるぞ!!!



ちなみに、いつもスペイン語添削してくれる職員さんが、毎回この新聞の最後に 一つの言葉を載せたいと言ってきてくれた。

そして今回の言葉は、

「粘り強さと長い時間(ユックリ進むこと)が 道を開く」

直訳ではないですが、こんな感じの言葉が選ばれました。

障がい児と接する事と、協力隊活動にピッタリの言葉!!!
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by power_of_youth82 | 2011-12-29 11:14

トランスメディア提供アイコン01 私 と 海亀の子 荒波へ

7年ぐらい前に一度サーフィンをしたことがあって、その時はまったく立てなかったけど

波に運ばれるスピードはホント爽快で。


それ以来、いつかいつかもう一度と思っていましたが、日本では場所も遠いし時間もないしと結局出来ずにいました。


それが何の縁あってか自分が今いる県は、毎年サーフィンのアマチュア世界大会が開かれる程良い波がくるビーチがあるのです。

これを知り、パナマで一年経過したらサーフィンに挑戦しようと心に決めていました。


そしてこの間、ついに行ってきました。

波をもとめて、一人旅。  

なんと途中バスが来ないハプニングにも見舞われましたが、その辺の家の人に頼んで乗せていってもらいました。

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ついて先生を探したけど、見つからなくて、結局14歳の男の子が(写真の左の黒人系の子)教えてくれました。もちろん先生なので、お金は支払いました。
この子は、たまたまこの海の近くで生まれて、だからサーフィンでお金を稼げて。運というかなんというか、お金を払いながら色々思わされました。



それはそうと。

今回はロングボートを使用したこともあり、なんと波に乗って3回目で立つことが出来ました。

えっこんなもの?!って思ったけど。 何よりこの男の子がかなり一緒に喜んでくれてうれしかった。

波も高いから乗れるチャンスも多かったです。

その後は、その辺のサーファー達にも指導されながら必死に荒波とジャブジャブ格闘。

その光景は大変ダサかったと思いますが、日本の浜と違い人も少ないし外人だし、人目は何も気にならず、ひたすら格闘!!!

いつか、かっこよく海とたわむれてやる!!!



そして疲れて浜にあがると

何と海亀の子が孵化したところでした。

皆、必死に荒波の海に向かっていました。
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ゆっくり、ゆっくりと。

カメラを向ける人間達を警戒する余裕や能力もない様子で、ただただ必死に海に向かっていました。

でも、そんな人間達のお陰で途中で天敵に襲われることもなく皆無事に海に・・・、この浜に生まれた運ですね。

こんな亀の子達、生きて故郷の浜に帰って来れるのは100~1000匹中たったの1匹とか。

孵化して、海にたどり着くまでの数メートのうちに海鳥やフナムシ、カニ達に襲われて一生を終えることもあるそう。



それにしても不思議だよな~~、っと浜辺のハンモックに揺られながら思った。

生まれてすぐ右も左もわからないのに、海に向かう事ができるなんて。

どうやってそんな知識を卵の中で身につけたのか、どうやってそんな動きを卵の中で練習したのか?!!生物に無知な自分には不思議だらけ・・・

不思議不思議。

そして人間って、他の動物に比べるとホントに未熟で生まれるな~と、改めて感じた。

だから、人は人に育てられ、賢く感情豊かな人間になれるのだけど・・・、最初は他の動物よりもはるかに弱いなんて。おもしろい!!


ということで、パナマ人やその他の外人、そしてパナマのあれこれに触れながら一人で過ごす休日はとても充実です。

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いつか帰っておいで、この浜に。

といっても、帰ってくるのはメスだけだそうです(産卵のために)。

さらにメスかオスになるかは、卵を温めていた砂浜の温度で決まるそう。不思議。

いつか帰っておいで、メスだったら。。
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by power_of_youth82 | 2011-12-26 11:02

トランスメディア提供アイコン01 パナマ的クリスマス。

メリークリスマス!!

スペイン語では 「フェリース ナビダ」 と言います。

カトリックの多いこの国では、クリスマス前になると「良いお年を」的なのりで「良いクリスマスをすごしてねーーー」って言います。

そしてクリスマス中とその後は「フェリース ナビダ」と言います。

ではクリスマスの写真のっけます。

クリスマスのだいぶ前から各地で行われていたパレードです
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首都のパレードは電飾いっぱいで派手でした。

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地元のパレードも頑張っていました。不思議なものも沢山行進してましたが・・・

そして、この時期毎晩のように花火と爆竹の音が遅くまで聞こえていました。



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道や各家庭に日本と同じツリーが飾られるのはもちらんのこと、キリスト誕生のモニュメントも飾られています。25日になるとキリストのアカチャンを置きます。

クリスマス当日は多くのパナマ人が各家庭で家族と過ごすそうです。

イベントや商戦のための日本のクリスマスとは一味ちがいました。

自分は、避暑地にあるパナマ人の別荘で豚をいただきました。大変おいしかったです、ありがとう!!!
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クリスマスには豚を食べるらしく、この間行った田舎の家ではクリスマスに向けて豚が家の前で待機(飼育)されてました。
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by power_of_youth82 | 2011-12-25 07:05

トランスメディア提供アイコン01 パナマのトレーニングジム

運動してますか??!!!

日本は寒くて運動って感じではないですかね。



自分は一カ月以上続いた極度の咳が完治しつつあり、運動を再開しました。


パナマの油まみれの飯と毎日飲むソーダにやられぎみの体を維持するべく、いや出来てないけど、ここ数カ月ジムに通っています!!

というのも、雨季で思うように走ることが出来ずジムに登録しました。

なんと一カ月1000円ぐらいという安さ。

ちなみに自分はパナマに四番目に大きい市に住んでいるのでジムなんてシャレタものがあるのです。恵まれた協力隊員です!!


日本でもジムにはよく行っていた。パナマの10倍以上の値段だったけど、
暗い照明、おしゃれなBGM、沢山のマシーン、エアロビ各種教室、温泉、サウナ、そんな感じのリフレッシュ空間だったな。



さぁパナマのジムを紹介。

暗い電気(蛍光灯切れても交換しない)、バク音量の音楽、沢山のマシーン(電気が必要なマシーンはありません)、お腹が出た中年おじさんが教えるエアロビ。
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一見、倉庫にしか見えないたたずまい、でもかなりのリフレッシュタイム。
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だんだん知りあいも出来てきたし、日本にはない不思議なマシーンあるし、たまにエアロビに参加してみたりして、、、、

日本の時よりジム時間楽しんでいます。




運動を一生懸命するパナマ人って珍しくて、ジムに通う人「スッげーなー」と思ってみてるけど、6~7割の人がお腹出てる・・・・・・・。

やっぱ、この国の食生活恐るべしだな・・・
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by power_of_youth82 | 2011-12-20 11:42

トランスメディア提供アイコン01 奴らの卒業

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自分が職場でイライラした時、作業療法室を出ると、いつも授業をさぼっている中高生の生徒達がいて、彼らとくだらない話をして癒されていました。

彼らと仕事で直接関わることはなかったけど、この一年随分と精神的に支えられました。

最初は自分のことを「チノ(中国人)」と呼んでいた彼らですが、そのうち「ハポネス(中国人)」あるいは「ヒロ」と呼んでくれるようになり、

仲良くなっていました。

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今日は特別支援学校の卒業式

そんな彼らを含めた15名の中高生が巣立って行きました。

今後は、職業訓練校にすすんだり家事手伝いをするみたいです。

来年からはもう会えないのかと思うと寂しい気持ちでいっぱいでした。

12月になり色々な別れが続きます。寂しい季節です・・・・・・
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by power_of_youth82 | 2011-12-16 23:20

トランスメディア提供アイコン01 心を動かす誕生日

日本をはじめ、世界の各地から誕生日のお祝いメッセージをいただきありがとうございました。

時差の関係から、丸二日間にわたりメッセージが届き何だか得した誕生日でした。



相変わらず虚弱体質隊員の自分は、誕生日のその日もぐったりでした。

というのも、ここ一カ月ぐらい咳がとまりません。雨季から乾季への季節の変わり目に慣れていない日本人の多くがゴホゴホ言っています。

あまりにヒドイので職場の人が「病院にいけ」と何度も言うので、

誕生日前日に行ってきました。薬3つに注射。今回もパナマの薬にとどめを刺されました。

今まで咳だけだったのに、倦怠感と関節痛、熱感さらには手足がブルブル震えだしました。

恐るべしパナマ薬。



でも、その日は日本人野球選手のチームの決勝戦、仕事が終わって速攻でベッドへ試合直前までベッドで寝てから頑張って見に行きました。

結果は延長延長の末に、日付を超えて自分の誕生日になってから優勝が決定!!!!

なんとも、晴れやかな幕開けになりました。

そして日本人選手はそのまま日本に帰国するためお別れしました。

こんなに楽しく野球を見たのははじめてでした。野球に興味のない自分が野球観戦をしながら誕生日を迎えるとは・・・・・

ホントに出会いに感謝です。
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そして家に帰りまたベッドへ。

4時間ぐらい寝て、いや関節いたいくて上手く寝れずグダグダすごし、

翌朝。

やはり具合が悪く、体が震えています。

誕生日は誕生日休暇というのがあって、自由に職場を休んで良いのですが、前日にであった保護者が「明日リハビリしてくれるよね」って聞いてきてくれて「ハイ」と言ったので、

悩んだ末に、タクシーを捕まえて出勤しました。

でも、約束の時間になっても声をかけてくれた患者はこず・・・・・・諦めていましたが、

遅れて到着、なんと片手にはケーキを持ってました。ありがたい!!


結局、バカンス直前の今日は3人しか患者が来ませんでした。

でも、3人でも充分だなと思いました。

意識がもうろうとしながら患者を待っている時間の方が多かったけど、一人でも患者が来るなら待つ意味があるのだと思えた日でした。

そして、来た患者の保護者には「バカンス中も連れて来て」と言えたし(バカンス中は皆来なくなるので)、職場に行ったかいがありました。




職場では、ほとんどの職員が誕生日を祝って声をかけてくれ、ホホキスをくれました。

こんなに抱擁をうけた誕生日ははじめてです。

そしてそして、午後になり急にミーティングがあるからと呼ばれて行ってみると

部屋に校長先生いか全員集合していて、
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なんと、

ドデカイケーキが!!!皆で歌をうたってくれました。
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そのうえ、カウンターパートや他の先生方が服を2枚くれました。
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(ちょっと年より若めな服をいただきましたが、着こなすぞ。)



ホームスティ先の人は男だらけだし、職場の人もそんなに気にしてくれないだろうし、異国で一人で過ごす誕生日を予想していましたが、こんなサプライズなイベントを用意してくれていたなんて!!!


職員を信頼しきれておらず、気持ちをイラつかせコミュニケーションをとることに消極的になる日も多々ある自分。

なのに、こんなに皆が気遣いしてくれているなんて・・・

嬉しいという気持ちを増して、申し訳ないという気持ちで一杯になりました。

何とも言えない自分の心の動きを感じました。

物をもらったからというわけではなく、そういう気遣いにちゃんと答えないといけないなと思いました。

もっと信頼して楽しんで協力して、一緒に心を動かして学習して、そういうことしていかないといけないなと思います。



虚弱体質隊員の28はギックリ腰初体験にはじまり、本当に色々な初体験をしました。

沢山の人に出会い、価値観に触れ、沢山の事を体験し、目にしました。

そんな中で。今まで見えていたものが見えなくなってきたり、見たこともない方向に目をむけていったり、そんな一年だったように思います。

でも、こんなに贅沢の経験ができた一年の中で逆向して、あまり心を動かさない自分もいました。

沢山の経験に慣れ過ぎたのかも・・・・

年(経験)とともに、たんだんカチカチになっていく心を、しっかりほぐして感動と学びの多い一年にしたいなと思います。
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by power_of_youth82 | 2011-12-14 07:29

トランスメディア提供アイコン01 野球選手と村の子と

今日は母の日で祝日。

偶然の出会いから、仲良くさせてもらっているプロ野球選手とオフの日が重なったので、隊員が住む村を訪問してきました。
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なかなか田舎でした。
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電気はあるものの、乾季は水がなくなり川で水浴びをするらしい。

でも帰りの道はこんな急な坂道で汗だくになるらしい。
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人生初のタランチュラもみました。
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そして近所のに住む兄弟と、ゴムボールとバットで野球しました。

前日までラジオで聞いていた野球チームの投手と一緒に野球ができた子ども達はとても楽しそうでした。

何十年振りかに野球をした自分もとても楽しかったです。

いい時間に感謝。
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by power_of_youth82 | 2011-12-08 13:09

トランスメディア提供アイコン01 日本語教室ファイナル・続く別れ

3カ月にわたり続けてきた日本語教室小学生版が本日終了しました。

今日は、今までの成果を校長先生の前で発表しました!!


発表には化学教師ボランティアさんの案で、こんな作品を使用。
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みんな上手に平仮名が書けるようになりました。この作品を家族にしっかり自慢してほしいと思いました。



とても、とても注意散漫で正直手をやいていた女の子も、最後はしっかりと発表できました。

少し感動しました。


そして最後は「上を向いてあるこう」を合唱。
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たった2回の練習で、口ずさめるようになった生徒たち、

子どもの吸収の早さや視点の豊かさに驚く事が多々あった3か月でした。


そして、小学生への教育の難しさ、その大切さ、それに携わるパナマの先生達の真剣な気持ちを、少しばかりですが感じることができ、本当にいい時間でした。



最後は校長先生と生徒から感謝の言葉とパナマの陶芸をいただきました。

お別れの言葉で寂しいよといって、抱きついてくれる生徒達。

正直、大変だった日本語教室が終了したことにホッとはしたものの、寂しさは残りました。
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その日の夜は、仲良くなったアメリカ人のボランティア(英語教員としてきていた)が帰国するため、小さなお別れ会をしました。


本当に良い出会いを沢山させてもらっています。

国が違えば、人柄も全然違う。パナマで出会ったアメリカ人と一緒に過ごした時間は興味深く楽しかったです。

「さよならではなく、またねよ」と言って帰っていったアメリカ人。

いつか英語ペラペラになってもっと会話してみたいです。
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by power_of_youth82 | 2011-12-07 00:01

トランスメディア提供アイコン01 12月の学校

12月はパナマは行事が盛りだくさん。

先生の日、母の日、卒業式、クリスマス。

ウチの職場も行事続きに職員みんな浮かれ気分。

クラスやリハビリを中止してまで、行事の準備や行事を実施する。それも生徒抜きで・・・。

かつ、何やらかんやらと行事費用やプレゼント代など沢山のお金を請求され・・・・・、生活費のかなりが飛んで行った・・・・・・・・。


こんな風に、行事やお祭りごとでリハビリをしない日が年に何回あっただろう??!!


ちゃんと保護者に知らせはいっておらず、毎回子ども達を連れてくる。それを簡単に断って、帰らせる。保護者も違和感を感じながら帰るのだ。

職員1番、患者2番みたいな上下関係がしっかりある。

患者ありきの自分達の仕事なのに。


で今日も、理学療法を受けるために先住民の方が凄く遠くから子どもを担いでやってきた。おそらく年に数回来るか来ないかの子だ。でも、いとも簡単に帰らそうとしたから、少しごねてみた。

でも、「あなたは作業療法士でしょ、あの子には関われないのよ」と何人かの職員に言われた。


簡単にリハビリが受けれるお金持ちで市部に住んでいる人ではなく、貧困で田舎に住んでいる障がい者のために何かしたいと思っていたのに。


職員にカッとした後、

カッとするだけで、結局何もできていな自分の無力さに

とても、とても、空しくて、悔しくてたまらなかった。その場を立ち去りたかった・・・・。




で、決めました。

自分は行事だろうが、何だろうが来た患者のリハビリはする事に。

現場から浮いてしまったり、早速「今日はリハビリしなくていいの」と怪訝な顔で指摘をうけたけど、「ごめんなさい、知らなかった~」とスルーしてみた。


へこたれません。


保護者がきちんとした権利の主張ができるように、本来あるべき障がい者支援をやります!!


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毎日学校の休憩時間に、果汁と水を混ぜたジュースと揚げたパンを自転車でオジサンが売りに来ます。
そこに、群がる生徒達。そして、そんな生徒達との関わりに癒される自分。
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by power_of_youth82 | 2011-12-06 22:51