トランスメディア提供アイコン01 <   2012年 01月 ( 15 )   > この月の画像一覧

トランスメディア提供アイコン01 馬とパイナップル

今日はパナマの知り合いの家族に誘われて、避暑地の別荘にお邪魔しました。

今日もダンス。ぎこちないダンス。
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そして馬に乗りたいというと、近所の人に言ってかりて来てくれました。
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今回は乗っただけなので、今度走ってみたいな~~~~


そしてパイナップル。
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こうやってパイナップルは実るのです。
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知ってました???
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by power_of_youth82 | 2012-01-29 12:11

トランスメディア提供アイコン01 休日に田舎の障がい児宅へ遊びに・・・・

先日ブログに書いた、捨てられかけていたjica寄付のマットを田舎に住む障がい児の家にプレゼントをしに行きました。

この提案をしてくれたのはもう65歳になる現地の理学療法士さん。

この国に理学療法養成校がない時代に他の国で勉強し、今でも若いセラピストにはない情熱をもって働いています。障がい児とその家族と本当の家族の様に接しています。

そんな彼が今回の提案をしたのは、障がい児のことを思ってというのもありますが、自分達日本人に沢山の経験をさせようという気持ちからでした。



朝の4時半に集合し、トラックの荷台で揺られること2時間以上。
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寒さに耐え、途中から砂利道で砂ぼこりで目は開けられず、服は一瞬にして汚れました。
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急な登り下り、川を越えて山の奥まで到着。

そこからは車が入れないため、歩いて進みます。

川を超え、山を登ること1時間ばかりでようやく到着しました。
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他の隊員もマットを運ぶのを手伝ってくれましたが、もうヘトヘト。でも65歳の理学療法士さんは元気元気。
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山の上に住む彼らが寝ているベット。
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マットをプレゼントして、ビーズで遊んだり持ってきたお菓子を食べたりしました。
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そして彼らは近くで採れたオレンジ、コーヒー、芋をふるまってくれました。

自分達にオレンジを沢山くれているときの彼らの笑顔が素敵でした。



ビーズ、着れなくなった服、日本の姉が送ってくれた髪ドメ、お菓子。プライベートに知り合いの人の家に遊びに行くのだから、お土産ぐらい持っていっても良いだろうと割り切ろうと思いましたが、一方的に物をあげることが良い事なのか??!!と割り切れない思いを抱えていきました。

でも、あげる喜び、貰う喜びをお互いに分かち合う事ができて本当に良かった。
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汗ビッショリの後で山を登った後に食べるオレンジはとても美味しかったし、コーヒーはパナマに来て飲んだ中で一番おいしかったです。本当にヘトヘトだったので、甘いコーヒーが最高でした。

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二件目では脳性麻痺の子に会いました。

寝たきりで暗い部屋の中で過ごす事が多いとのことでした。

簡単なガラガラを作ってプレゼントして、明るい外で一緒に遊ぶのを手伝ってあげるように兄弟に伝えました。

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そして帰りの車を待ちましたが、待てども待てども来ません。

待っている最中に何人かの現地の人と話しました。

子どもが10人以上いるお母さん(ここでは普通の様です)。

商店を営むおじさん、とても計算が遅いのです。学校教育が行きとどいていない現状です。


そして先住民の子と写真を撮りました。
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彼は山から5時間かけてここに来たとのことでした。

自分達はが今回行ったところよりも、さらに奥の先住民地区はさらに貧しいそうです。実際彼も学校には行っていないと言っていました。なぜかは、わかりません。

でも彼との出会いに色々考えさせられました。


そして待つこと5時間以上ようやく通りかかったトラックの荷台に乗せてもらい帰りました。



今回の訪問で少しだけ田舎の現状を知りました。

家族がとても仲良くて、皆優しくて、お菓子やジュースを皆で分け合う様子。

多くのものがなくても、障がい児も含め幸せそうに見えました。

でも、大変なことは多いのかなとも思いました。

雨季に川が増水すれば学校には行けないだろうし、街まではトラックの荷台に揺られて出ないといけなし、交通費も高いし、重症心身障がい児が体調を崩しても病院にはいけないし。



今日は本当にいい経験をさせてもらいました。せっかく戴いた出会いです。重度の障がい児の子がさらに幸せに家族と過ごせるように何か考えて、もう一度行きたいなと思いました。

そして自分がここにいる意味をもう一度考えたいと思います。




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パナマに来る前に日本の友達がくれた帽子。

その帽子をかぶって、暑い日差しの下、田舎の障がい児の家を訪問する。そして田舎の障がい児の支援を考えている。
予想していた未来がようやく少しだけ現実のものになりました。

もっとこの帽子を使う機会を増やして、障がい児の彼らに何が必要か、必要とされることに手の届くボランティア活動を考えていきたいと思います。
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by power_of_youth82 | 2012-01-28 11:59

トランスメディア提供アイコン01 あなどらない

国際協力の5つの「あ」  「焦らず、慌てず、諦めず、あてにせず、あなどらず」

最後の「あなどらず」という言葉だけは、どうもしっくり来ませんでした。

仕事の面で職場の人を信用できないでいるからです。

でも今日、その意味を少し実感できた気がしました。



今日は2回目の家庭訪問に行くことができました。

この家庭訪問までにも沢山の道のりがありました。

まずは保護者に聞いていた電話番号が繋がらない。ゆえに日にちの約束が出来ない。

そこで仕事が終わって聞いていた住所(曖昧な)まで自転車で訪問し、近所の人に聞き取り、近所の人の発言を頼りに探すこと1時間以上。でも結局、引っ越していて会うことが出来ずじまい。


せっかくの家庭訪問のチャンスを逃してしまったと諦めていました。


さらに家庭訪問の為に職場の車を出すようにお願いするも校長に断られました。


でも、すかさず他の職員が「俺が連れていく」と言ってくれました。

そして、出会えなかった保護者には、他の職員が日にちを知らせていてくれました。


職員の協力で実現した2回目の家庭訪問。

当日に家庭訪問に行くための車に皆で乗り込めたことだけで、大きな大きなハードルを越えた気がするというか、ホッとするのです。





でも今回は嬉しい事が盛り沢山。

今回も理学療法士、言語聴覚士、作業療法士(カウンターパート)が同行してくれました。

前回の様に何となくついて来てくれただけかな?!とあなどっていると・・・・・・・

何とカウンターパートも、言語聴覚士、理学療法士も積極的に家庭訪問の趣旨を説明してくれ、評価をはじめてくれました。
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「あれも評価した方がいいんじゃない?」
「これも見たいんでしょ?」
「ここはこう介助した方がいいんじゃない」
「こうするといい姿勢になるよ」

など、どんどん意見を出してくれました。



もちろん、家庭での介助方法の上を目指せばきりがありません。

日本の豊富な本や勉強会で勉強することが出来た自分は気になる事は沢山あります。

でも自分が援助方法を全て述べても意味はないと思っています。


こうやって保護者も含め現地スタッフが知恵をしぼり、障がい児の日常生活をよくしようと考える時間。これが何よりも自分が求めていたものです。


本当に、キツネにつままれた様な気持でした。なんで急にこんなに状況が変わったのか??




そして


2軒目に行った家。自転車で探しまわったけど見つからなかった家です。

ここには先住民の家族が住んでいます。その家族の長女は脳性マヒで歩けません。

行くと庭先の勉強机で勉強していました。
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長女にリハビリを受けさせるため家族で市街地に住んでいます。先住民の方がしっかりとした給料が貰える職につくのは難しく。

この家族は、電気も水もトイレもない倉庫と思われる場所を他の先住民の家族とかりて住んでいました。
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体は裏の川で洗っています。

母の希望は「娘が歩けるようになったら、先住民地区(ふるさと)で住みたい」です。

母は現在妊娠六ケ月、でも小学生の娘を担いで学校に連れてきています。

そんな現状を職場の誰も知りませんでした。

娘が田舎で暮らせるほど歩けるようになる可能性はほぼありません。



そして、この状況で自分に出来る事は何か???!と悩みます。

でも、彼女がそして家族が今よりももっと幸せに暮らせるように自分の知恵を絞ろうと思います。




帰りの車の中での事、

理学療法士と作業療法士と言語聴覚士、そして運転をかって出てくれた職員が・・・

「家庭訪問はとても必要だ」
「他の職種にも来るように言わなければ」
「政府はどうして、こういう家族を援助しない」
「うちの学校から送迎バスを出すようにしてはどうか」

などの会話が飛び交いました。

そんな会話を聞きながら、自分はずっと黙っていました。

所詮自分は2年で日本に帰るよそ者です。何かの切っ掛けは作れても継続するのは彼らです。

なんて頼もしい会話何だろうと心動かされました。



そして、職場に着いた後にカウンターパートが「手伝うから家庭訪問で実施したことと成果を報告書にまとめて、校長に家庭訪問の必要性を訴えましょ!!」と言ってきてくれました。

一年前に巡回の必要性を訴える自分にカウンターパートは「家庭訪問なんて必要ない、学校に沢山の子が来ていてそれで手一杯だし、だいたいの子を網羅して支援してるわ」と言っていました。

でも今日は全く違いました。


現実を見る、仕事の達成感を感じる、責任を感じる、そういうチャンスがカウンターパートは無かっただけかもしれません。

今日のカウンターパートはとてもイキイキしていました。




経験・体験が人を成長させてくれます。あるいは潜在能力を引き出してくれます。


自分はカウンターパートがもつ優しさをあなどっていたのかもしれません。

その優しさ(ホスピタリ精神)を沢山引き出せるような、沢山の体験を残り一年一緒にしていきたいです。




最後に先住民のお母さんが先住民地区でとれたバナナを皆にくれました。

そのバナナが甘くて、甘くて、甘くて、ほんとうに甘くて・・・・・・・・・・
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「ありがとう、ありがとう」と沢山の人に何度も言った一日でした
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by power_of_youth82 | 2012-01-27 12:34

トランスメディア提供アイコン01 ゼリーグルト

最近よく食べるデザートです。
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ゼリーの上にヨーグルトがのっています。

日本だとゼリーやヨーグルトの数は限りなくあるけど、こっちはそんなに無い。

この赤っぽいゼリーがメジャー。そしてプリンやゼリーはこのビニールコップで売られている。

味は昔日本にもあった様な味。果物の味ではなく、なんか駄菓子屋にありそうな変な色のゼリー的な味。

そしてゼリーはとても固い。

ゼリー好きとしては、はじめて食べた時に「エッ!!残念!!」と思ったけど。

一年もたてば、好きになってしまう。日本のゼリーがどんなんだったか忘れつつある。

ゼリーとヨーグルトもなかなかマッチしてます。



今日は、ジムで仲良くなった銀行マンと話をした。

パナマの職員のなかでも銀行員達はとても働いているように見えていたので

「仕事大変??」って聞くと

「凄いストレス。 銀行員はストレスで心療クリニックに行く人も多い。 俺は仕事の事を忘れる時間を作るために、ジムに来てる」って言ってた。

久しぶりに、日本人と同じ感覚で働いている人と話が出来た。

パナマにも頑張っている人が沢山いる!!!自分も頑張らねばと思った日でした。
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by power_of_youth82 | 2012-01-26 12:31

トランスメディア提供アイコン01 援助物品の取り扱い

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今日も悔しい思いをした。なるべく協力隊の現実を何でも書いてきたので、今日も書く。

自分がこの職場に配属される以前に3人の理学療法士が協力隊として働いていた。

配属先の人の話によると

一人目は配属先の理学療法室を日本政府の支援金を利用して拡大し多くに機材を購入したそうである。自分で計画した仕事を突き進む人だったそう。


二人目の人は、途中から仕事に来なくなり、旅行ばかりしていて、配属先から追放通告を受けたそう。


三人目は配属先の行事等に参加せず、いつもカリカリ、イライラしていて配属先のトップに向かって怒鳴りあげたそう。

もちろん、噂好きのパナマ人が言っているので真実ばかりとは思えないが、


でも、なぜこんな印象になってしまったか???


今ならわかる。



最近は出来るだけ前向きにと仕事に取り組んでいる自分。
それでも、もう勝手に一人で仕事したい!!!!職場に行きたくない!!!!怒鳴りあげたい!!!!と思う事は度々である。

相変わらずパナマ人は働かない。作業療法士は一日中携帯をいじっている。

自分が自身のパソコンで資料づくりをしていると、インターネットしたいから貸してと言ってくる。

調べている内容はもちろんプライベートの事。仕事を手伝うどころか、邪魔をするのである。

でも、こんなのいつもの事。



今日、職場の倉庫に眠っていたものを捨てるという事で、何か支援用具に使える材料はないかと探しにいった。

もちろん、ゴミをあさる自分の事を職場の人は変な目で見る

沢山の木やクッションが捨てられていく。どれもこれも利用できるもの。

日本でだってこういう不要になった材料を工夫して援助具を作っているのに、あっさり捨ててしまう。

そのゴミの中にjapón(日本)というシールが貼られたクッションがあった。

おそらく前のボランティアの提案で購入されたものと思われる。

布地に貼ったシールがはがれずに綺麗に残っているところからして、あまり使われず倉庫でホコリをかぶっていたのだ。

そのクッションをみて、職場のトップが「これ日本のだから、あなた拾いなさいよ」と足で蹴ってこっちによせてきた。悪気はないのだろうが・・・・・・・。

またもやイライラした。

でも、自分は笑顔で対応するのだ。怒ったら3番目に来たボランティアの方と同じ様に言われる。

全て日本の税金で購入したものである。

人生のほとんどを働いて過ごす日本人(働きづめだった祖父母、両親)の税金で買ったものだ。

貿易も赤字となった今の日本の状況を考えると。余計に悔しくてたまらない。


日本の税金で援助品を購入しても、結局使われることなくホコリをかぶると言う話はよくある。

もちろん、そこに根付く援助をするのは難しいので使われなくなることもあるだろう。

でも、「恥を知れ!!」と思った。こんな形でゴミに紛れていることを申し訳ないと思えないのだろうか??!

というか「蹴るなよ」。

デリカシーがない事も文化として納得しなければいけないのか?


「日本は金持ちなんだから、あれ買って、これ買って」という前に、働けよって思う。



協力隊というと援助が欲しくて、手助けが欲しくて、そういう場所に派遣されるというイメージがあるかも知れないが、

実際は、自分の配属先みたいな所に派遣されることも多々ある。

もちろん怠慢の彼らの影には援助を必要としている障がい児達がいるのだろうが。


そんな障がい児達のために、彼らと一緒になって働けるように、諦めずアプローチは続けていくつもりだ・・・・

それが4番目のボランティアとして来た自分の使命だと思うので。

でも、悔しい。

ボランティアだから見返りを求めている訳ではないし、

国際協力しているだけで、世界の中の日本の位置でいうと見返りがあるのかもしれないけど。

でも、そういうのではなく、一個人として気遣いの出来るパナマ人に会いたい。


今日も、愚痴ブログでした。

まぁでも、障がい児達の事を思い出して、明日からも頑張りますよぉーーーーー
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by power_of_youth82 | 2012-01-25 12:26

トランスメディア提供アイコン01 どうなってるのパナマ製品。

昨夜 スープを作っているとボンっと音とともにガスコンロの炎が大きくなった。

とりあえずガスをとめてみた。

でもなぜか焦げ臭い、そしてモクモクと煙が上がりだす。でも火は見当たらない。

で、ヨクヨクよくよくガスコンロを見てみると、隙間から炎が見える。

なんとガスコンロの中が燃えているではないか!!!!!!!!!!!

一瞬どうしたらいいかと悩むが、とりあえずガスコンロに向かって水をぶっかけてみた。


一年経っても驚かされることは多い。パナマ製品の質の悪さにやられた。



話は変わるけど、今年もスイカの季節がやってきた。

仕事が終わって、障がい児の家に車椅子の修理に行こうと思い、スイカをお土産に購入。

しかし、途中でビニール袋が避けて、スイカ転落、われてしまった。

小さなスイカだったのに、こっちのビニール袋弱すぎ。

スーパーに行くと、いつもビニール袋二枚重ねで入れてくれる。

ホントにパナマ製品には驚かされる・・・・・・・・・・・・・・・・。



さてさて、勤務時間以外でも障がい児の家の訪問に許可をもらった。

本当は現地職員と行くのが筋ですが、計画しても簡単に流されてしまう状態なので、

一度職員と行った家には、時間外で1人で行くことにした。

色々と保護者に伝えたいこともあるし。


今日は車椅子の修理に行った。

貰いものでサビだらけ、部品は足りないとこだらけ、それでも車椅子をもっているから良い方だ。

しかし、この車椅子姿勢を考える人は誰もいない。

とりあえず車椅子の姿勢を考えることもリハビリの仕事だと職員にも保護者にもアピールしたい。


まぁでも今日は部品も工具も足りず撃沈。

また街中を探しまわらねば。

日本では業者さんがチョチョチョイってやってくれていたけど、そうはいきません。


でも、何度でもこの子の家に通うつもりだ。
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脳性麻痺の男の子と隣りにいるダウン症の女の子は兄弟。二人とも自分の担当児。

家に行くとクリスマスに奮発して買ってもらったであろう、新しい感じのビニールプールで遊んでいた。

たぶんお金はそんなに無い家と思う。

でも二人とも幸せそう。いつもお母さんと他の兄弟と過ごしている。

そんな幸せな時間を健康に長く過ごしていくために、自分は男の子の良い姿勢を考える。

なんとも有意義な午後のひととき。

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割れたて道に転がったスイカはためらいなくプレゼント。自分もズブトクなりました。

そして子ども達は美味しそうに食べてくれました。


パナマは乾季がやってきました、夏です。

今から南国フルーツ食べ放題の季節です。
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by power_of_youth82 | 2012-01-19 13:43

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パナマに来て体重は自己新記録更新中022.gif

脂肪はモチロンだけど筋肉066.gifもついてきたことを実感。

なんせ毎日
なるべくヘルシーに鶏肉を食べるようにしてるけど。

パナマの肉事情を紹介。

まずスーパーの肉売り場。

切り身で売ってあることはマレ。

鳥は顔つき丸ごと。 今日の写真は顔なしで。
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豚や牛はさすがに丸ごとではないけど、骨ついていない肉はほとんどない。
そして、顔や尻尾、足とかその形のまま売られている。
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スーパーに搬入される牛は解体されて、体が真っ二つに裂かれた状態。

スーパーでは頼んだ分だけ肉を量り売りしてくれるのだけど、実はほとんど買ったことがない。

何せ、肉売り場は生臭い(雨に濡れた野良犬の様な)匂いで買う気を失ってしまうのである。

肉も変色している物も多い。

そもそも、死体なのだから臭くて当然。そして変色して当然なのだが、日本で甘やかされて育った私は、慣れないのである。



家の庭にはニワトリが沢山いる。この間は、そいつらの足を掴んで逆さまにしてサバク場所まで運ぶ手伝いをした。

家の前には牛たちがいる。

通りを通るトラックには解体場へ売られていく豚や牛たちが乗っている。

そんな彼らの瞳を見て「今何を思ってるのかな?」なんて考えてしまう。



こんなに食肉の生と死を感じる事が出来るのもパナマに来たからである。

毎日4等分ぐらいに解体された鳥のアバラ骨あたりをムシャブル生活は日本では出来ない。

鳥の筋肉も関節もシッカリ観察できる。

職業がら、ついつい観察してしまうことも・・・



日本では魚さえも切り身が多くなっている。

日本もちょっと少し前まで、牛やニワトリがその辺にいたのに。

ここにきて食肉の生に、以前にも増して感謝出来るようになったかというと、、、、、未熟な自分はまだまだその域には達しておりませんが。。

生きていたものを食べているんだという感覚は日々バシバシと感じることができている。
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by power_of_youth82 | 2012-01-19 05:40

トランスメディア提供アイコン01 中間報告会&健康診断

同期隊員が活動している各省庁の方々を招いての活動報告会がありました。
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スペイン語の発表ということで、作った原稿読んだだけだけど・・・・
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一緒にパナマに来た同期の活動を知ることが出来て刺激になりました。

新たな農業技術の定着を。
手工芸品販売にて田舎の女性に収入を。
陶芸家の技術を向上し、品の種類を増やし収入向上へ。
生物を通し教育向上へ。
エリート大学の日本語教室の質向上へ。
防災対策、防災意識向上へ。
そして作業療法を通して障がい児支援向上へ。

こんな感じで22年度3次パナマ隊はバラエティーに富んだ活動を行っています。

インターネットも携帯電話の電波もない田舎に住むものあれば、高層ビル立ち並ぶ首都で活動している同期もいます。


この一年で、途上国の支援にはあらゆる分野が必要であるのだということを肌で感じました。

健康や生命の問題を抱えている貧困層の安全・生活を保証出来る国になるために、高層ビル立ち並ぶ首都にある日本語教室の様な文化的発展も必要なのです。

そのために自分たちは地道にコツコツと活動しているのだなと思います。

任期の半分が過ぎ7人居る同期の誰かが大きく物事を変えれたかというと、そうではないですが、日本人らしく謙虚に確実に進んでいると思います。

協力隊は草の根活動ですからね。


働く場所も分野も違うけど、色々な悩みにぶつかりながら同じ目標に向かって頑張ってる同期はやっぱりいいものです。

久々に同期そろっての記念撮影です。
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報告会打ち上げは韓国料理に行きました。キムチがおいしくておいしくて感動です。



健康診断も無事クリア。

明日からも頑張るぞ。
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by power_of_youth82 | 2012-01-17 05:13

トランスメディア提供アイコン01 障がい児家庭訪問、第一歩

自分の配属先の特別支援学校には重度心身障がい児(知的、運動両方の障がいを持った子達です)が20名近く通ってきている。

道路も舗装されていないところが多く、個人で車も持っていない、あるいは遠くの村に住んでいる彼らは度々支援を受けに来ることが出来ない。

それでも何人かの親御さんはバスに乗ったりタクシーをつかまえたりしてやって来る

高校生になって大きくなった障がい児を高齢の母親が担いでやって来るのだ。

そのおかげで障がい児の彼らは家の中だけでは味わえない色々経験を出来ているのだと思う。

親の力を尊敬せずにはいられない。

でも、何人かの親はやはり学校に連れてこない。色々な事情があるのだと思う。



そんな現状の彼らの家を訪問するというのが、自分の計画している活動の一つである。

現状を知り彼らの生活をよくすることはもちろんのこと、

リハビリスタッフの経験を増やしたいからである。

障がい児が毎日生活している現実をみてリハビリを考えてほしいのである。

せっかく親が苦労して学校に連れてきた彼らに、リハビリスタッフはそれに答えれる程のリハビリは出来ていません。

ただ、手足を上下に動かすだけあるいは泣きじゃくる彼らの足を強制的に縛りストレッチとしている。
そして、彼らの命に関わる食事については言語聴覚士はあまり介入していない。

セラピスト達のそうである現状から少しずつ経験を増やし視点を培っててほしいのだ。

勉強会や書面で理想を述べるのは簡単である。でも、実際に事実をみて解決策を考えるのは難しい。そんな勉強をセラピストと一緒にしたいのだ。





そして等々、今日その第一回目が行われました。

もともと地域に住む彼らの支援を考えるのが自分に来た要請でした。

でも、その必要性を訴えたばかりにカウンターパートが怒ることもありました。

予定しても日にちを先延ばしにされることもありました。

一人で行けと言われることもありました。

でも、それを乗り切り、

今日はカウンターパートと理学療法士と言語聴覚士と職場が用意してくれた車で行くことが出来ました。

自分の思いを見守ってくれていた仲の良い職員からは「あなたの夢がかなったわね」と言われました。

「自分の夢ではなく、障がい児達の未来を広げる第一歩がはじまったのだ」と心で思いました。



ハッキリ言って昨晩はソワソワしてました。

家庭訪問をするのだ!!!とは決めたものの。

日本の様に恵まれた環境も物もない家々をまわり自分に何が出来るのかと。

援助の必要性を理解してくれる人もいない中で、何を一緒に考えることが出来るのかと。


まぁでも、やらないよりはやったほうがいい。つかまり立ちが出来たら歩きだすように、一歩踏み出さないと。



今日は市部にある比較的しっかりとした家に行きました。貰いものではありますが車椅子も持っていました。でも部屋の中は昼間なのに薄暗い感じでした。

色々評価をしました。評価しながら出来るだけ他セラピストに相談をしたりして頑張りましたが、

やはり何もかもうまくいく訳はありません。二軒目では飽きてしまったのか、カウンターパートや理学療法士はテレビを見たりおしゃべりしたり。


こんなに車椅子に乗っている姿勢が悪く、暗い部屋で何もせずに過ごしている彼らを見ても何も感じないのか??
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これがこの国もセラピストの現状です。

今以上の支援の仕方を知らないうえに、支援をしなければいけないという責任も感じていないのだなと思いました。 

その原因の一つは、やはり経験不足からくる無知なのだなと感じました。


でも言語聴覚士だけは積極的に食事指導していました。一緒に枕の事とかも考えました。


何もかもがスムーズに行くわけはありません。でも少しずつです。

これから評価した事をもとに、どんな援助が出来るか見本をみせようと思います。

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この国のセラピスト同士は相談したり教え合ったりする習慣がありません。

そんな中、今日は現地のセラピスト同士が一緒になって子どもの日常生活を評価しました。

その時間が何よりもの収穫です。
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by power_of_youth82 | 2012-01-13 04:42

トランスメディア提供アイコン01 一年後の今

この間の週末もサーフィンに行ってきました。でも遊んでばかりではないですよ、丘で波待ちしている間は仕事してました。
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他の旅行人はユックリとした時を楽しんでいる中、日本人である事を実感してました。

さてさてビーチに行くまでに、沢山の働く子どもに会いました。バスの清掃、レストランのウェイターなどなど。

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こういう働く子を見るのも当たり前になりました。目に入っても意識しないのです、無意識のうちに視界に入り、そして消えていく。

自分が子どもの頃、自営業の親の仕事を手伝わされるのがとても嫌でした。「他の子は仕事なんてしてないのに」って思っていました。

でも、「子どもは遊ぶのが仕事」なんて誰が決めたのでしょうか。世界中には当然のように働いている子どもが沢山いるはずです。


発達の評価用紙には3歳ぐらいになると、ハサミで紙が切れると書いてありますが、5歳になってもハサミを一度も触ったことが無い子がいるのです。



あたり前は、あたり前ではないです。

ブルーハーツさんが歌っている「見てきたものや聞いたこと、今まで覚えた全部、でたらめだったら面白い、そんな気持ちわかるでしょ」  が少しわかります。


前置きが長くなりましたが、パナマに来て一年が経過しました。

「一年経ったらどんなんだろう??」と一年前に想像していましたが

一年後の自分は、人生史上最悪にお腹を下しており、3日間水分とゼリーで過ごしています。

そもそも、虚弱体質の自分が途上国に来たのですから、色々あって当然ですが、本当に体調が悪い一年でした。
到着時から風邪にはじまり、一円玉ぐらいの口内炎が一カ月以上も続き、パナマ薬のせいで激しい腸の痛み、原因不明の発熱、鎖骨骨折、2か月も続いた激しい咳、そして今。

毎回職場の人がアレヤコレヤと心配してくれて、今回はなんかその辺の草をとって来て作った苦い茶を飲みました。良薬口に苦しのはずが・・・案の定治らず・・・・、治ったためしがない。
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まぁまぁ。体が丈夫でないと異国での生活は大変ですね




一年と言うと、生まれた赤ちゃんが伝い歩きや少しの独歩が可能になりますね。

友人や兄弟の子も大きく成長していると思います。

お座りができた子が半年後には立ち、歩きだす。そしてさらに走りだす。そんな発達の原動力は、新たな世界への興味。今に慣れて満足するのではなく、伝い歩きから独歩へと不安定への一歩を踏み出す。毎日新たな発見を求める子どもたちは探検隊のようです。

でも大人になると「早く新たな土地に慣れたい、早く新たな仕事に慣れたい」と安定を求める。

自分もパナマに来て一年、スッカリ色々なことに慣れ、目に映るヤシの木も割れたフロントガラスのまま走るバスやタクシーも当たり前になって来ました。

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活動の方はというと

着任後の半年は誰からも理解が得られず、はっきり言って屈辱的な事も沢山あり本当に悔しい毎日を過ごしていましたが、

今は少しずつ理解を得ることができ、あのカウンターパートも「日本に帰る前に技術を教えてね」と言ってくれました。
保護者や他スタッフも「勉強会して」などの声をかけてくれるようになりました。

予定していた活動も少しずつ始まりました。

悔しい時も笑顔で出勤し続ける日本人根性が少しは何かを変えたのかもしれません。

残りの任期をどういうものにするかは、自分次第といった感じです。



でも、相変わらず職場の人は働きません。子ども達の事を思いやりません。

リハビリ中に携帯でテレビを見ているカウンターパート。

多泣きするのを無視してリハビリをする理学療法士。

以前の隊員が日本の税金で購入した治療用マットの上でゴロゴロしている職員達。

それは良くないと知っておきながら、見て見ぬふりをする同僚。

慣れ合いで出来あがった組織。


そもそも、リハビリ中に携帯をいじること、慣れ合いで仕事をすることがいけないなんて誰が決めたのだろう??

この国ではそれが当り前なのかもしれません。



そんな現実を目にしながら色々な事を諦め、おりあいを付けた一年だったのかもしれません。

そして徐々に慣れてきて、何が正しいのかは良くわからなくなっています。


でも、日本人である自分の考えを子ども達の為に、ヤッパリ諦めずに伝えていける一年でありたいなと思います。


慣れること、慣れ合う事、安定すること。それらは自分にとっても職場の人にとっても障がい児にとっても大切なことなのかもしれません。

毎日目に映るヤシの木や割れたフロントガラスをいちいち意識して驚いていたら、いつまでたっても安定しませんし、新たな物に気づけませんからね。


慣れて安定したからこそ、新たに不安定への一歩が踏み出せるのかなとも思います。

時々は色々な事にスッカリ慣れてしまった自分を見直しながら、不安定の地へ新たな一歩を踏み出していこうと思います。

できれば職場の人と一緒に踏み出していこうと思います。

きっと一歩踏み出した先には、新たな発見が発達が待っているはずです。



まぁまぁまぁ、体調の無理のない範囲で・・・充実した一年を過ごそうと思います。

元気に帰国する事が一番の目標ですので・・・・・
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by power_of_youth82 | 2012-01-11 12:09